セイント・ビースト 大罪〜SEVEN〜
「やあ」
「多分ここだと思った」
背後から近づいてくるふたりはゴウとルカだった。
「読まれてたか」
「本当はちょっと探したが……」
ゴウが横目でルカを見れば、「でも、ここしかないと予想を付けてきた」とゴウを見返す。
「すまないな。心配掛けて」
「どうってことないさ」
「ちょうどいい散歩コースだ」
ゴウは語尾に笑いを滲ませた。
ゼウスから単独の呼び出しを食ったのは二度目だ。そのユダを心慮して、あちこちを探したのだろうか。
ひとりになりたくてここに来たが、結果的に余計な気遣いをさせてしまったようだ。さっさと天空城へ戻ればよかったと後悔がぐっと押し寄せる。でも、彼らの気遣いが本当は嬉しかった。孤独ではないとわからせてくれる仲間たちの笑顔に、元気を貰った。
「綺麗な夕陽だな」
「ああ……」
「いつからここに?」
ゴウはユダの隣に腰を下ろすと、後ろ手で身体を支えて長い脚を前方にぴんと伸ばした。
「かなり前から……」
「ゼウスの機嫌はどうだった?」
ユダを真ん中にして反対隣りに腰を下ろしたルカは、暮れかかる空に羽根を広げて舞う鳥たちを眺めていた。
「相変わらずだ」
「また無理難題を言いつけられたわけじゃないだろうな。もしもそうなら……」
「大丈夫だ」
ユダは頭を振った。
パンドラが馬車を横付けした正面玄関で、ユダに付き添うと言ったルカだが、最後には見送る立場になってしまったのを悔いているようだった。
「そのわりには、顔が曇っているぞ」
「ゼウスに会うだけでこうなる」
ユダはしんみりと苦笑いを口元に漂わす。
「だが、楽しい話ではないんだろう?」
「まあな」
「いいから話してみろ」
ゴウにせっつかれ、ルカには「ひとりで抱え込んでもなにも解決しないぞ」とやんわり窘められてしまう。
「口に出すのも腹立たしいが……」
そう前置いて、ユダは狼族の殲滅と天空城解放の禁令だけを伝える。ふたりの反応はユダとまったく同じで、ゼウスの横暴なやり口に憤怒していた。
「でも、それだけじゃないんだろう?」
一拍おいたルカは、ユダの性格をわかった上で隠された事実を確かめてくる。
「いや、本当にそれだけだ」
「嘘をつくな。わたしはずっと考えていた。何故大神がおまえひとりにカムイ討伐を命じたか……と。だが、いくら考えても辿り着く結論はひとつしかない」
「ルカ……」
ユダは顔が強張るのを感じていた。
「おまえは六聖獣の束ねを命じられ、今度は束ねとしてカムイ討伐を命じられた。六聖獣全員ならばさほど苦もなく倒せたカムイを、何故あえてひとりにやらせたのか。それはおまえが持つ神への忠誠と献身を試すためではなかったのか………と」
「おれもルカほどではないが、ゼウス殿の思惑を考えないではいられなかった」
鋭い洞察力と的確な推理力を持つルカ。同調するゴウ。ふたりの前にユダも降参するしかなかった。
「ならば察しはつくか」
「天使長だな?」
「そうだ……。辞退したが許されず、最後は猶予をもらうことで決着したよ」
だが、猶予は所詮逃避でしかない。しかもその代償として、ユダは神殿へ日参しなければならなくなった。
これまでは召致されたときだけ足を向ければよかった大神の元に、毎日顔を出すというのはかなりの苦痛だ。
きっとあれこれ用を言いつけられたりするだろう。邪な趣もなくはないかもしれない。どちらに転んでも忍耐はついて回るということか。
「ますます大変だな」
「ああ……。みたいだ」
あたりに薄闇が降りてきた。眼下に望む広場や川や森林も、少しずつ墨色に塗り染められてゆく。
「そろそろ帰ろう」
最初に腰を上げたのはユダだった。
気持ちの塞ぎも彼らのおかげでいつの間にか軽減している。夕食はいつもの顔で席に着けそうだ。
「みんな天空城にいるのか?」
「ガイは外出してる。昨日仲良くなった連中とどこかへ遊びに行ったよ」
「シンはサロンで魔術大全とにらめっこだ。図書館のあの蔵書の中からようやく探し当てたらしい」
「妖樹について調べてるんだな」
疑問があれば、解明するまでとことん探究するシンらしい。
「レイが付き合ってるよ」
「けっこう大変みたいだ」
ルカとゴウは顔を見合わせて、眼を細めた。
もしかしたら、本当はみんなで調べていたのだろうか。いつまでたっても戻らぬユダに痺れを切らし、あとは任せたとルカとゴウが席を立ったのかもしれない。
読書の苦手なレイが付き合っているというのが意外で、ふとそんな想像を膨らませてしまう。
「そういえば、おれも長老殿の家で借りてきた本があるんだ。あれはシンに渡しておいたほうがいいかな」
丘陵を下っていきながら、ユダは思い出したように言った。
「“神罰”という文献なんだ。天地創造以降、神の怒りを買い裁かれたものは多い。人間や天使や……町や村や……。その歴史を追うことで、もしかしたら妖樹に突き当たるのではないかと考えてね。役にたつといいんだが」
「シンはおまえから渡されたものなら、なんでも役に立たせるさ」
「えっ?」
冗談めかしたゴウを、ユダは不思議そうに見やる。どういう意味か尋ねれば「言葉通りだ」と言って取り合わない。
ルカは横を歩いていて、ただ笑っているだけだ。
努力家のシンならば、誰からどのような書物を預かっても有効活用するはずだとユダは思っている。そんなふうに告げれば、
「そういう意味じゃなかったんだけど……、まあおまえらしい解釈だ」
ゴウはぽんとユダの背中を叩いて、ひどく愉快そうだった。
「どうも釈然としないな」
「だったら直接シンに聞いてみろ」
「だな。わたしもそれがいいと思う」
隣でルカも表情を明るくした。
「わかった。さっそく今夜にでもあいつに聞いておくよ」
いいながら、ユダにはシンの面影がよぎっていた。確か今日は一度も顔を合わせていない。なんだか無性にシンと会いたくなった。
暮れゆく道を天空城へ向かって歩きながら、辛かった一日だけれど最後には安らかな時間がユダを迎えてくれる。
身近に友のいる有り難みが、じんわりと骨身に染みていた。
(本文p79〜86より抜粋)