セイント・ビースト 起源〜ORIGIN〜
「我が神殿に揃いし十四名の上位天使よ。今より六聖獣候補となる九名を呼ぶ」
玉座から、神の声が降りてくる。
「ゴウ……ユダ……ガイ……シン……キラ……レイ……シヴァ……マヤ……ルカ、以上の者を候補とする」
最初のざわめきが起こった。
そして。
「次なる祝福の日、聖なる頂へ集うのだ…。到達した順に、六聖獣の冠を与えようぞ……」
二度目のざわめきが起こった。
ゼウスは天使たちの反応を無視し、神官たちを従えて接見の間を退出した。
上位天使だけが残された、接見の間。
三度目のざわめきは、大神がいない開放感の中で起こった。
選ばれなかった天使たちは怒りや悲しみを露わにする。だがゼウスの決定が覆らないとわかっている以上、喚くだけ惨めになるという自覚から候補者だけを残し、そそくさと神殿から姿を消した。
「聖なる頂かぁ」
ガイはぺたんと床に座り込んだ。その脇でゴウは腕を組む。
「手練れの技を駆使できる者のみが辿り着けるという試練の山頂……。そこで六聖獣を任命するとは……」
「予想もしていなかったです」
レイはショックを隠しきれなかった。
「キラ兄さん……。ボク自信ない……」
マヤは泣きそうになりながら、兄の腕をぎゅっと掴んだ。
キラは無言のまま弟を抱きしめる。
聖なる頂は天界の北、どこまでも続く平原に聳え立っている。鋭く尖った岩肌が層をなし、雲を超えて遙か高みにまで頂を伸ばす断崖絶壁、尖塔のような山であった。
山頂を制したいと望む天使は多いが、麓に立ち上空を仰ぐだけで意気消沈するという難攻不落の頂。
征服できたものは世界開闢のときよりふたりだけといわれるが、定かではない。
外見だけでなく山にひとたび足を踏み入れれば、頂上までの道程は修羅であるという。
極寒の氷回廊や、灼熱の火焔岩場、精神をおかしくさせるという漆黒の魔洞窟などが相次いで襲いかかってくるのだと天界では流布している。
「何故、聖なる頂なのだろう……」
ユダは後方の壁により掛かり、ゼウスの思惑をひとり探っていた。
下界の動物を統治するだけなら聖なる頂を制する必要性は感じられない。とすれば、統治は表向き。その裏に別の意図が隠されていることになる。
深読みだろうか。ゼウスの真の目的が別にあると推測するのは。
昔ならこんなふうには考えなかったのにと思うのは、ひどく残念なことだ。
かつてゼウスは慈愛に満ちた神であった。天界がすべての天使の楽園であり続けるのを誰よりも望んでいたのだ。
なのに―――。
変化の兆しが見え始めたのは、神官制度の発令あたりではないだろうか。
知力が高いが体格に恵まれない――華奢で可憐な天使ばかりが選ばれ神官とされた。
そののちも、ゼウスの眼鏡にかなった天使が突発的に神官として神殿に召し上げられていった。
階級制度が施行されてからは、上位天使の中からのみ神官選出が為されている。
「六聖獣だが、それだけ重要な役割を担うんじゃないかな」
ユダの思案を察知しているのだろう。ルカがそっと耳元で囁いてきた。
「もう一度、信じてみないか?」
「えっ…!?」
肩にそっと手を置いたルカの、切れ長の双眸が諭してくる。
「疑念ばかりを膨らませても、いい結果は生まれないぞ。今のままではおまえ自身のためにもならない」
ユダは、心に垂れ込めた霧がすっと晴れていくのを感じた。
行く末を案ずるあまり、自分で自分を追い詰めていた。怒りと破滅的な考えばかりが先行していた。
信じようとしても渦巻くのは不信感ばかり。昨日も忠告されたというのに、同じところをただぐるぐると回っているだけだった。
こんなことではかえってマイナスで、ルカの指摘通りだとユダは己を省みる。
「視野が狭くなっていたようだ」
ゼウスを猜疑するあまり、六聖獣制度にも偏見を持ってしまったのだろう。見方を変えれば未来は開かれるはずだ。
「せっかく候補に選ばれたんだから、おれもみんなと共に六聖獣を目指すよ」
「そうだ。ようやく本来のおまえらしくなった」
励まされると余計面映ゆくなる。ユダは俯き加減で自嘲した。
「だめだな、おれは……。いつもおまえに助けられてばかりだ」
「お互い様じゃないか。わたしだっておまえには世話をかけている」
ふたりは互いの絆を肌で感じ取りながら、他の天使たちを見渡した。
間の中央あたりでゴウ、シン、レイ、ガイが頂の極め方を論じている。
「踏み込むのも容易ではないし、頂上まで上がるとなると、生半可なことではすまされないだろう」
「至難の業……ですね…」
「九名の候補者のひとりに選ばれたのは嬉しいですが、これからが大変そうです。鍛錬しなければ……」
「でも、無事到達できれば、六聖獣になれなくてもハクがつくよね」
ガイの屈託ない受け答えが周囲の笑いを誘っていた。考え方が俗っぽいとからかっているのはゴウだ。
キラとマヤの兄弟は神妙な面持ちで、ユダたちとは反対の壁際に佇んでいる。
そして。
残るシヴァは少し離れたところから熱っぽくユダを見つめていた。
視線が重なると待ちかねたようにそばへ来て、ルカを煙ったそうに一瞥する。
「ユダ! 僕も貴方と同じく候補に選ばれたんだよ」
「わかっている。よかったなシヴァ」
「ねえ。向こうで話さない?」
ルカとの間に身体ごと割り込んでくる。
「あっちの隅なら誰もいないから、ふたりだけでゆっくり話せるよ。ねっ!」
奥まって暗い一角をシヴァは指し示し、ユダの手を取ろうとした。
ルカの茜色の瞳に閃光が走る。
「わきまえろ。ユダと話しているのはわたしだ」
「なっ……」
シヴァはびくっと肩を揺らした。
「仲間に入りたいというならわかるが、そうでないなら身勝手な振る舞いは慎め」
「なにを言ってる。僕のどこが……」
罪悪感を持ち合わせていないシヴァにとって、ルカの抗議はいちゃもんでしかないのだろう。ユダに救いを求めるようなポーズを取ってくる。
かばい立てはできないが、せめて忠告ならば。
「おまえだって同じ真似をされたら不愉快になるはずだ。自分の都合で場を乱すのはよくないな。わかるか?」
ユダの言葉は、シヴァの態度をにわかに変化させた。どんな忠告でも、自分のためだけに向けられた言葉だというのがシヴァには嬉しいようだ。
「ちょっと強引だったんだね。もうやらないから。教えてくれてありがとう、ユダ」
ルカに顔を背けたままあっけらかんといってのけ、ぺこりとお辞儀をして部屋から出て行った。
(本文p73~80より抜粋)