最悪のプロポーズ、されました!
花竜の王女と緑竜の騎士団
著者 | 渡海奈穂 |
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イラスト | 山下ナナオ |
ISBN | 978-4-86134-660-6 |
価格 | 本体価格590円+税 |
発売日 | 2013年10月29日頃予定 |
選ぶのは剣? それとも恋!?(一応、夢見る乙女なので……)
王女のリナは故郷のため、花竜を倒せる花婿を探しにデイン公国の騎士団に入団。そこで出会ったのは騎士団のトップ、キースや色んな花婿候補たち! 花竜を倒す方法が一つじゃないことにも気づき、気持ちが楽になるリナ。だが、手合わせしたキースに「君の戦い方が好きじゃない」と言われ目の前が真っ暗に。その理由は……?
「花竜の王女と緑竜の騎士団」シリーズ第2弾!!
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最悪のプロポーズ、されました! 花竜の王女と緑竜の騎士団
「キースさまっ」
「!?」
何かの塊が、キースの脚にぶつかった。驚いたリナがよくよく見ると、三、四歳に見える小さな女の子が、キースの脚にぎゅっと抱きついている。
「駄目よミリア、離れなさい!」
そしてさらにもうひとり、今度はふっくらした若い女性が慌てた様子で駆け寄ってきた。ミリアと呼んだ女の子を抱き上げようと手を伸ばしている。
「騎士様に失礼でしょう!」
「やー」
ミリアは、おそらく母親であろう女性の手を拒んで、いやいやと首を振った。
キースが笑いながら身を屈める。ひょいと、ミリアの体を抱え上げた。
「おはよう、ミリア」
自分の顔と同じ高さまで持ち上げた女の子に、キースが優しく笑いかける。ミリアが、顔をくしゃくしゃにして、嬉しくてたまらないというふうに頷いた。
「おはよう、キースさま!」
「もう……ごめんなさい、いつもいつも。この子、キース様の姿を見るたびに大喜びなんだから」
様子を眺めていた女性が困ったように笑ってキースに言い、それからリナを見遣って、小さく会釈した。
「キース様のことが大好きなんです。デインで一番強い騎士様のお嫁さんになるって、聞かなくって」
キースはミリアを頭上に高く持ち上げ、ミリアは手脚をばたつかせながらはしゃいだ声を上げている。
困りつつも、どこか微笑ましそうに言う女性に笑い返しながら、リナは内心でちょっと焦った。
(デインで一番強い騎士の、お嫁さん)
——それはリナも望んでいることだ。
「子供の言うことだし、ミリアがもっと大きくなってからねって、笑ってすませてはいるんですけどね」
女性が手を伸ばし、仕種に気づいたキースが、ミリアをその手に返す。遊んでもらって満足したのか、ミリアはもう嫌がらず、母親の首に抱きついていた。
「これから果樹園ですか?」
キースが訊ねて、女性が頷く。
「ええ、母のところにミリアを預けてから。もうじきいくつか季節の果物が採れるから、また寮にお持ちしますね」
「ありがとう。皆喜びます」
女性はキースと、それにリナにも優しい表情で微笑んでから、ミリアを連れて道を去っていった。
「街の南側にある果樹園で働いている人です。市場に出せないような不揃いの果実を、たまに騎士団に差し入れてくれるんですよ」
「可愛らしいお嬢さんでしたね」
「ミリアも荷運びの時に一緒に寮に来るから、すっかり顔を覚えられてしまいました。——去年父親を病で亡くしたから、寂しいのかもしれませんね」
「まあ……」
あんなに小さいのに、とリナは少し胸が痛んだ。リナが父を亡くしたのは、ミリアよりはもう少し大きかったが、今よりもずっと子供の頃だ。
「小さな果樹園をミリアの母親と、数人の手伝いだけでやりくりしているから、大変だと思います。まだ若いし、いくつか再婚の話もあるようですが、ミリアがどうしても相手に懐かないそうで……子供心に複雑なのかもしれませんね、見知らぬ男性が父親として家に来るというのは」
リナにも気持ちはわからないではない。父の死後はエレインにも何度か再婚の話が来たが、結局『ディーターの娘』と結婚すること——ボニファーツ討伐のために戦う義務が課せられること——に男たちが尻込みしたのと、エレイン自身が夫以外の男性と再び結婚することを積極的に望まなかったため、実現はしなかった。エレインは病弱でリナを最後に子供の望めない体になってしまったので、強要する者もおらず、リナがデインに来ることになったわけだが。
(万が一お父様以外の方と仲よくしているお母様を見なければならなかったら、私も嫌だったと思うわ)
両親はリナの覚えている限り、仲睦まじい夫婦だった。ディーターの再来かとも言われる男性と恋に落ちたのは、エレインがディーターの娘としての義務を果たしたというより、強く優しい男性に惹かれたからだろう。
「なぜか私には懐いているので、友人連中は『おまえがミリアの父親になればいい』なんて、無茶な冗談を言ってますよ」
その父親をボニファーツの山に送り出さなくてはならなかった母の気持ちについて考え込みかけていたリナは、しかし、笑いながら言うキースの言葉を聞いて、慌てた。
(そ、それは、冗談にならないんじゃないかしら……!?)
キースをお婿さんに迎えたいのは、娘の方だけとは限らない。
母親の方もまだ充分若く、キースよりも年上だろうが、まるで釣り合いが取れないわけではなさそうだ。
(そうか……そうだわ、キースさんは強い騎士で、魔物討伐のたびに俸給のほかに報奨金も出る稼ぎ手で、優しくて親切だし、本人は女性が苦手なんていう様子だけど……)
そっと、リナは傍らのキースを見上げた。
一分の隙もなく騎士の服を着ている様子は頑なさを感じさせはするが、同時に高潔な内面も滲ませている。
顔立ちは精悍で、切れ長の目にもまっすぐな眉にも、意志の強そうな唇にも、凛としたものを感じる。
どちらかといえばその鍛えられたしなやかな体躯の方にばかり気を取られていたが、リナは改めて、キースがとても整った容姿をしていることを意識した。
(キースさんがどう思っているかは置いておくとして、街の女性……騎士団にいる女性だって、キースさんを気にしている人は多いかもしれない)
自分の花婿探しについてしか考えていなかった。もしこれという相手をみつけた時、どうにか自分を好きになってもらうか、あるいはリカリプス公としての地位や利得について説明して納得してもらうことで、竜討伐を含めた婚姻関係に持っていくつもりだったが。
花婿としての条件を満たした相手に、恋人や、意中の相手がすでにいる状況を、まるで考えていなかった。
(ますますのんびりしていられないわ)
焦燥するリナの気持ちを煽るように、再び道を行く間に、複数の女性、それも若くて綺麗だったり、可愛らしかったりする人たちが、キースに声をかけていた。
ただ顔見知りだから挨拶をしているだけ……というわけではないのは、恋愛経験というものを持たないリナでも、何となくわかる。
「ふーん、キース様ったら、ずいぶん可愛らしい子を連れてるのねえ」
「あら、キースさんに妹なんていました?」
「この子かしら、最近騎士団に入ったとかいう、魔法使い? 若い男の子を取っ替え引っ替え侍らせて街を歩き回ってるって噂を聞いたことあるけど」
——という具合に、キースの隣を歩くリナをじろじろと見て、あからさまな嫌味をぶつけてくる人も、中にはいたのだ。
目的の雑貨屋に辿り着くまでに、キースはアメリアを含めて七人もの女性に声をかけられた。
デインの国中で、騎士団のキース・バークリーを知らない、彼に好意を持たない女性はいないのだと、リナが思い知るのに充分な時間だった。
「すみません、今日は妙に呼び止められることが多くて、随分時間が掛かってしまった」
雑貨屋の前まで来た時、キースが不思議そうに言った。
(それ、隣に私がいたからよね)
と思ったが、リナは何となく黙っておいた。
愛想よく話しかける女性たちに対して、キースは常に礼儀正しく、必要以上に親しげな態度を取らずにいた。
声をかけてきた中に、キースと懇意の相手がいないようなのは幸いだったが、それはそれで、『キースさんは本当に女性に興味がないのかしら……』とリナは不安になってくる。
(と、とにかく、早く、キースさんが実際戦う姿を間近で見てみたい)
見習い騎士と見習い魔法使いの寄せ集め小隊に所属し、未だ正式な騎士団員ではないリナは、一度巡回中に魔物と遭遇したことを除けば、実戦に駆り出されたことがない。
体の鍛え方や身のこなし、周囲の反応からしてキースが騎士として高い実力を持っていることはたしかだろうが、花竜ボニファーツを倒せるほどの力量を持っているのか、あるいはこの先の成長によってその域に達せるのか、リナは早く自分の目でたしかめたかった。
(来週模擬試合はあるけど、人対人の訓練より、魔物と戦う姿を見なければ、正確な力は測れないわよね)
リナの正騎士としての昇格がかかった模擬試合が、間近に迫っている。
(私、呑気に便箋なんて買ってる場合なのかな)
雑貨屋に入り、色とりどりの紙を手に取って眺めつつ、リナはふっと不安な心地になった。
日々の訓練や魔法の勉強を怠っているつもりはないが、そろそろ何かしらの成果を出さなければと、焦ってくる。
キースに対する周囲の反応を目の当たりにしたせいで、余計だ。
「あの……キースさん」
あまりこの手の店に入ることはないのか、物珍しそうに紙細工や文鎮などを眺めているキースに、リナはそっと呼びかけた。
「前に夜会で約束しましたけど、手合わせ、本当に私としてくださいますか」
キースはリナを見返し、すぐに、口の両端を持ち上げた。
いつもの親切で優しい笑みではなく、勝負を挑んでくる相手に向ける、勝ち気さが滲んだ表情だった。
「勿論、喜んで。今すぐにでも——と言いたいところですが、今日はこれから用があるし、明日からまた討伐に出かけるので、そこから戻ってきてからで構いませんか? 三日ほどかかると思いますが」
「はい。是非」
リナが頷くと、キースも頷き返す。
正式に約束を取りつけたことで、リナの焦りはわずかに払拭された。代わりに、強い相手と戦うのだという緊張感がじわじわと湧き上がってくる。
少し、昂揚した。
「そうか、キースさんもご用事があるんですよね。お店の中まで付き合っていただいてごめんなさい、私はもう買うものも決めたので、先に出てください」
便箋数枚と紙の綴りを選んだリナがそう告げると、キースが元どおり穏やかな表情に戻り、首を振った。
「いえ、急ぎではないので。というか、もしよかったら、リナに手伝ってほしいんです」
「手伝う?」
「はい。私の買い物に」
「わかりました、私でよければ、喜んで」
小隊のみんなと約束した訓練の時間までは、まだ少しある。断る理由もなかったし、役に立てるのは嬉しかったので、リナはキースの申し出を了承した。
(本文P38〜46より抜粋)