アルカナ・ファミリア
〜運命を廻す少女〜
著者 | 渡海奈穂 原作・監修 HuneX |
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イラスト | さらちよみ |
ISBN | 978-4-86134-554-8 |
価格 | 本体価格571円+税 |
発売日 | 2012年4月25日(水)発売 |
私の道は、私が決める——
フェリチータは父がトップを務めるレガーロ島を守る自警組織『アルカナ・ファミリア』の一員。島のための働きが認められ、めでたく父の誕生日に幹部に昇格する事が決まった。だが、そのパーティの席で突然、父が自分の後継者を選ぶ『アルカナ・デュエロ』を行うと宣言。しかも勝者とフェリチータの結婚まで決めてしまい……!?
私の道は、私が決める——フェリチータの恋と戦いの幕が上がる!
ミニドラマCD付き限定版と通常版の同時発売!
アルカナ・ファミリア 〜運命を廻す少女〜
「諸君、今日はよく集まってくれた」
モンドが一言発した瞬間、それまでうるさいほどに上がっていた歓声が、ぴたりと止まる。
「俺も四月一日の今日、五十九歳になった。この日を迎えられたのも諸君のおかげだ」
招待客から、拍手が上がる。モンドがそれに頷いて応えた。
「——このレガーロ島には、いくつもの艱難辛苦が訪れた。海賊船の襲撃、他国の占領、物流の不正、統治者の横暴、流行病……それに、跡取りであり、数少ないアルカナ能力の持ち主、『正義』……『ラ・ジュスティツィア』の出奔。数えだしたらきりがない」
一言一言噛み締めるように言うモンドを、人々は固唾を呑んで見守っている。
「だが我々は、ファミリーの絆やアルカナ能力によってすべてを乗り越えてきた」
続くモンドの声は力強く、再び広間の中にはその名を呼ぶ声が響いた。
が、その直後、モンドは会場にいるほとんどの者が予想もしなかったであろうことを口にした。
「だが俺も、もういい年だ。そろそろ隠居を考えている」
——驚きと、戸惑いが、広間中に広がった。
「……!」
モンドの発言に驚いたのは、フェリチータも例外ではなかった。
呆気に取られ、思わず自分の隣に立つルカの方を見上げる。ルカは微かに眉根を寄せて唇を引き結び、フェリチータの視線には気づかないのか、モンドのことを食い入るようにみつめていた。
リベルタやノヴァ、デビトやパーチェは、愕然とした顔で、やはりモンドに視線を向けている。
他のファミリーの者たちも、招待客も、驚き戸惑った様子でざわめいていた。
まったく平静な姿を見せていたのは、当のモンドと、その背後を守るように立っているダンテ、ダンテの隣で静かに夫を見守るスミレ、そして三人から少し離れたところにいる黒髪の男だけだった。
その黒髪の男、ファミリーの相談役ジョーリィは、どこか他人事のような様子で葉巻を吸っている。
ダンテとスミレ、ジョーリィの三人だけが、モンドの決意を知っていたのだ。
モンドはさらに、会場中、特にファミリーの人間が落ち着きを失くすようなことを告げた。
「そこで、俺の地位を引き継ぐ人物を選ぶため、これより二ヵ月後——六月一日に、『アルカナ・デュエロ』を行う!」
「……!」
「『アルカナ・デュエロ』だって……!?」
あちこちから、驚愕の声が上がった。
フェリチータは驚くよりも戸惑って、ざわめく人々を見遣る。
「『アルカナ・デュエロ』……?」
その言葉の持つ意味がわからず、困惑した。デュエロ。決闘。アルカナの決闘?
「『アルカナ・デュエロ』とは、アルカナ能力を持つ者すべてが行う、いわば最強のアルカナ能力者を決める戦いだ」
フェリチータの想像を裏打ちするかのように、モンドがさらに告げる。
「優勝者には、組織のトップであるパーパの座を渡し……その望みを、俺が必ず叶えてやる」
望みを叶える、というモンドの言葉を聞き、ファミリーの者たちから上がるざわめきが少し質を変えた。
驚きから、期待へと。
「そのことを、第二十一のカード、『イル・モォンド』の名において、ここに誓おう!」
部下たちの期待を掬い上げるように、モンドが声を張り上げる。
広間中を、大歓声が包んだ。
「そして……」
言葉を繋ぐモンドの視線が、一瞬、フェリチータの方へ向けられた。
その視線はすぐに外され、モンドは広間にいる大勢を見渡した。
「優勝者には、俺の娘、フェリチータと結婚してもらう!」
モンドの言葉の意味を、フェリチータはすぐには理解することができなかった。
そしてそれは、先刻同様、その場にいるフェリチータ以外の人々も同様だったらしい。
フェリチータのそばで、リベルタは「結婚!?」と素っ頓狂な声を上げ、ノヴァは無言で息を呑み、デビトは不可解そうな顔で眉を寄せ、パーチェは「何それ、どういうことなの!?」と無闇に辺りを見回し。
「お嬢様が……!!」
ルカは、呆然とした顔で身動ぎもせずにいる。
フェリチータは剣の幹部として名前を呼ばれた時よりもさらに強い、痛いほどの視線を周囲の人々から浴びせられるが、それらに構うこともなく、ただモンドを見た。
モンドは頑丈な大岩のようにどっしりと構え、人々のざわめきを意に介する様子はない。スミレも同様だった。
しかしダンテ、そしてジョーリィの方は、表情に微かな驚きを浮かべてモンドのことを見ていたが——同じようにモンドをみつめていたフェリチータは、そのことには気づかなかった。
「アルカナ能力で戦うことができる者が、戦いに参加する資格を持つ。——相談役、ジョーリィ」
モンドに呼ばれた時、ジョーリィはすでに驚きの色を隠し、ただおかしげに口許を歪めて笑うばかりだった。
「幹部長、ダンテ」
「……」
ダンテもただ黙し、その場で仁王立ちになっている。
「棍棒の幹部、そして幹部長代理、パーチェ」
「え、おれも参加すんの?」
きょとんと目を見開いて、パーチェが自分を指差す。自分が巻き込まれることを、まるで想定していなかったようだ。
「金貨の幹部、デビト」
「……おもしろくなりそうだァ」
誰に向けるともなく、挑発的に呟いたのはデビト。
「聖杯の幹部、ノヴァ」
「パーパ……どういう意図で……」
ノヴァは、理解できない、という風情でモンドを見遣りながら、ゆるく首を振っている。
「諜報部所属、リベルタ」
「……優勝したら、お嬢と結婚?」
半信半疑の口調でリベルタが呟き、
「従者、ルカ」
「え、私もですか!?」
ルカはやはり思いもつかなかったという様子で、ひっくり返った声を上げている。
「そして最後に、剣の幹部、フェリチータ。以上の八名は、参加を拒否することは許さない」
ぎゅっと、フェリチータはきつく唇を噛んだ。フクロータが、波立つフェリチータの心を察したかのように、あるいはその場に満ちる空気に触発されたかのように、鋭い鳴き声を上げた。
「……何だ、フェリチータ。何か不満でもあるのか?」
自分を睨みつける娘の眼差しに、たった今気づいたというように、モンドがそちらへと体を向ける。
モンドとフェリチータの間にいた人々が、無意識の動きで後退り、道をあける。まるで睨み合う親子の視線にぶつかれば、怪我をするとでもいうように。
「別にお前が不満を感じる要素はないはずだ。お前は新たなパーパの妻となり、館から出ることなく、内部からファミリーや夫となる者の支えになれ」
フェリチータは、自分の耳を疑った。
「『館から出ることなく』……?」
やっと、長い年月持ち続けた望みが叶い、あの小さな家からモンドや『仲間』のいるこの館で暮らすことが許されたばかりなのに。
「そうだ。結婚後はこの館から出ることは許さない」
モンドはそう、断言した。
フェリチータの隣に、困惑した様子のノヴァが一歩進み出た。
「パーパ……理由は」
ノヴァは組織のパーパであり、自分の叔父でもあるモンドに対して、実の父親に等しい敬意と愛情を抱いている。フェリチータが理不尽な命令を受けていることよりも、それを求めるモンドの真意の方が気懸かりな様子だった。
「理由はある。だが、俺の決定に説明は不要だ」
一切の意思を揺るがせることを感じさせない重さで、モンドが再び断じる。
「理由が聞きたければ、デュエロで勝つことだな」
「……そんな」
思わず、フェリチータは微かな声で呟いた。
あまりに一方的過ぎる。モンドの考えていることがまったく理解できず、フェリチータは苛立ちと怒りを覚えた。小さな頃、ファミリーに入るのはまだ早いと、そう言われた時の何倍もの失望と焦燥感。
「聞こえなかったのか? 俺の決定に説明は不要。パーパの座を譲る者を決めるため、戦えと言っているんだ」
モンドはきつく自分を睨み据えるフェリチータの眼差しなど、まるで意にも介していない様子だった。
「私はそんなの、嫌」
ファミリーのみんなと共に、島の人たちを守り、パーパを助けるために、フェリチータはここに来たのだ。
なのに誰か一人の妻となり、館の外の人々と触れ合うことも許されず、また閉じ込められるなんて耐えられるはずがない。
「誰もお前の感情など聞いていない」
フェリチータの言葉を、モンドは冷酷なくらいきっぱりと撥ね付けた。
「お前は、俺の娘だ。愛する俺の娘だ。——だがお前は自分で選択し、『アルカナ・ファミリア』に入った。それはファミリーの掟、パーパである俺の命令に従うということだ。違うか?」
「……」
フェリチータは反論できず、両手の拳を震えるほどきつく握り締めた。
『この葡萄酒、じゃなかった、葡萄ジュースは、ファミリーの血だ。飲み干してしまえばもう後戻りはできない。いいね?』
不意に、二ヵ月前にパーチェから告げられた言葉が、フェリチータの中で蘇った。
幹部長のダンテに代わり、幹部長代理のパーチェから手渡されたワイングラス。
その中身を飲み干した時から、フェリチータはすべてをファミリーに捧げ、レガーロ島の未来のために生きると誓った。
組織の掟は絶対。そして掟とは、パーパの言葉そのものだ。
「拒絶は許さない。従えないというのなら、今ここで、俺に勝ってから言え!!」
モンドの威圧的な声と語調に、フェリチータは負けじと相手を見返した。
ふと、モンドの唇におかしげな笑みが浮かぶ。
「得意の蹴りはどうした?」
嘲笑うかのようなその表情に、フェリチータは信じがたい心地を味わう。
モンドがフェリチータにこんな態度を取るのは初めてだ。
「睨みつけて黙るだけなら、幼子にもできること。——どうせなら、涙のひとつも浮かべてみたらどうだ? 『アルカナ・デュエロ』に参加する男の同情くらいはひけるかもしれんぞ?」
「……ッ」
侮蔑にも聞こえるモンドの言葉にフェリチータは耐えきれず、ほぼ無意識のうちに片脚を引いた。
「私の道は、私が決める」
そう呟きながら、膝をゆるめ、わずかに腰を落として飛び出す機会を窺う体勢を取る娘の姿に、モンドが笑う。
「ならば来い」
(本文P37〜47より抜粋)