ネクロ×マジック
〜陰陽男子ともう一人の末裔〜
著者 | 狩田眞夜 |
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イラスト | 冨士原 良 |
ISBN | 978-4-86134-715-3 |
価格 | 本体価格630円+税 |
発売日 | 2014年7月25日(金) |
待望のシリーズ第2弾発売決定!
高校生陰陽師の従者・俺様ゾンビの謎が明らかに!?
不死人・影郎と主従関係を結んだ高校生のキリンは、陰陽師としての活動を再開した。鬼道院本家の指示で悪霊祓いに向かったキリンと影郎だったが何者かに襲われ、呪縛された影郎は拉致されてしまった! 弟のリュウジに憑依した影郎の愛刀「紅蓮」が語る過去から安倍一族との因縁を知ったキリンはその子孫に疑惑を持つが――?
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ネクロ×マジック 〜陰陽男子ともう一人の末裔〜
虎之介から指示された仕事にキリンが影郎とともに赴いたのは、家に戻った翌々日、その日は冬休みの最終日だった。
影郎の運転するバイクの後部シートから降りると、キリンは被っていたヘルメットを脱いだ。
運動能力が優れている影郎にはバイクの運転など造作もないことだが、銃刀法違反に加えてまぎれもない無免許運転である。
万が一、警察に免許提示を求められるような事態になっては困ると、正宗に言ったことがあった。すると、彼はすぐに影郎の大型二輪免許証を出してきた。名字は鬼道院——それはいいとしても、偽造には違いない。
偽造では意味がないのだと言ったところ、
「万一なにか問題が起きても、私のほうで揉み消しますので」
と正宗が自信満々で答えたので、キリンはそれ以上その件について口を出さなかった。
本当にそんな力があるのだろうか。世界中のどんなシンジケートや秘密結社より、鬼道院家は敵に回してはいけない組織なのかもしれない。
依頼書類に記載されていた住所にあったのは、郊外に立つ瀟洒な一軒家だった。
広い前庭を持つ洋風建築で、豪邸と言ってもいいくらいの大きさだ。建てられてからまだそれほど年数は経っていないように見える。
庭には手入れされた花壇や鉢植えなどがあり、冬咲きの植物が綺麗に咲いている様は幸せな家庭を想像させた。
門扉には依頼書にあったとおり、『木崎』という名の表札が掛かっている。
インターホンを押すと、すぐに男の声で応答があった。
『——はい』
「宝生と申します。鬼道院から派遣されてまいりました」
『少々お待ちください』
しばらくしてドアが開き、大柄な若い男が現れた。
「私が除霊をお願いした木崎です」
木崎はキリンと影郎に向かって一礼した。
浅黒い肌で野性的な風貌の男だ。若い実業家という雰囲気ではなく、依頼書に書かれていた三十歳という年齢よりも少し若く感じた。
キリンが訪ねると、事前にこちらも年齢を伝えているにもかかわらず、大抵の依頼人は驚く。高校生陰陽師というのも特殊だが、キリンが実際よりもさらに若く見えるせいらしい。
しかし、木崎は特に驚いた様子もなく、「わざわざありがとうございます」と言ってふたりを招き入れた。
「早速で申し訳ありませんが、問題の壺を見ていただきたいのですが」
「はい、わかりました」
「どうぞ、こちらです」
ふたりは木崎に案内されて廊下を進んだ。
広い家の隅々まで綺麗に掃除され、趣味のいいインテリアでまとめられている。家主が充実した生活を営んでいることが伝わってくる家だ。
「犬の臭いがするな」
家の空気を嗅ぐようにして影郎が言った。
「犬? そういえばそうかな……、ああ、あそこにいるぞ」
廊下の突き当たりの扉が開いていて、ケージに入った小型犬が見えた。キリンたちの姿を見て、キャンキャンと甲高い声で鳴き始める。
「ああ、すみません。知らない人には吠えてしまうもので」
木崎が慌てて扉を閉めにいき、犬の鳴き声がやんだ。
影郎はなぜか怪訝な表情を浮かべたが、それ以上なにか言うことはなかった。
犬の臭いはともかく、キリンもかすかに奇妙な気配を感じ取っていた。
どこからか、妖気のようなものが漂ってくる。
ただ、一瞬だけ香るようなわずかな感覚なので、出所を探り当てる前に消えてしまう。これはもしかすると、依頼内容にあった壺に原因があるのだろうか。
問題の壺は、リビングの隣、和室の飾り棚に置かれていた。
掌サイズの小振りな品で、味わい深い花柄の染め付けが施されている。作られてから二百〜三百年くらいは経っているだろうが、欠けたところもなく綺麗な状態だ。
木崎とキリンは棚の前に正座して、影郎は和室の襖の外に立った。
「——一月ほど前に、馴染みの骨董商の勧めで購入したものなんです」
壺を見つめながら木崎が説明を始めた。
「見た目はどうということのない、江戸中期の古伊万里なんですが。壺が届いてすぐに、不思議なことが起こりはじめまして……、たとえば、壺が置いてあるこの部屋には誰もいないはずなのに、人の足音や声がしたり、物が勝手に移動していたり……、私だけでなく妻も体験しています」
「奥さんは今はどちらに? できれば、他の方からもお話を伺いたいのですが」
キリンがそう尋ねると、木崎はがくりと項垂れて肩を震わせ始めた。
「それが……、もうこんな家にはいたくないと言って、実家に帰ってしまいました。怪奇現象がなくならない限り戻ってくる気はないと……、離婚も辞さない様子です。ですが、ここは購入したばかりで、ローンもまだ二十年以上……。もう、どうしたらいいのか……」
「そうですか……、それは大変でしたね」
「今では他の部屋でもおかしな現象が起こるようになって、家中どこにいても落ち着きません。私自身ノイローゼになりそうなほどで、仕事にも支障が出てしまい……、知り合いのツテを頼って鬼道院家に依頼したしだいです。宝生先生、どうかお願いいたします!」
木崎は畳に手をついて、キリンに向かって頭を下げた。
見た目に反して繊細な性格なのか、ずいぶん追い詰められているようだ。術師として、なんとかこの人の力になりたいとキリンは思った。
「では、壺を拝見します」
一息ついて両手で壺を手に取ると、キリンは目を閉じて精神を統一する。
しかし、その目がすぐに開いた。
(変だな……、なにも感じない)
その壺には、人に害をなす瘴気はまったく感じられなかった。
骨董の価値についてはともかく、こと呪術に関してキリンが見立てを間違うことはまずあり得ない。つまり、怪奇現象を引き起こしているのは壺ではないということだ。
「すみませんが……、参考までに他の部屋を拝見してもかまいませんか?」
「あ……はい、どうぞご自由に」
怪訝な顔をする木崎に断って和室を出ると、キリンは家の中を見て回った。
家に入ったときにわずかな妖気を感じたことも気にかかる。もしかすると、壺以外の別の要因があるのかもしれない。
一階から二階へ、すべての部屋を一通り霊視してみたが、他の場所でもキリンにはなにも感知できなかった。見たままの、普通の綺麗な家である。
結論として、この家には霊も妖も憑いていないし、呪いに関する物も一切ない。
キリンが感じたと思った妖気も今は消えていて、それも気のせいだったようにも思えてくる。
怖いと思って見ればススキも幽霊に見えるという。ここの家人もそんな思い込みで、存在しない呪いを信じてしまったのかもしれない。
「木崎さん……、申し上げにくいのですが、この壺にも家にも怪しいところはありません。怪奇現象はおそらく気のせいかと」
「まさか、そんなはずは……。異常な現象を見聞きしたのは私だけではないのですよ」
ずっと辛い思いをしてきたらしい木崎は、キリンの見解を簡単には受け入れられないようだ。
その気持ちも理解しながら、キリンはなおも説得する。
「大丈夫、僕が保証します。物音といっても、家鳴りのようなものもよく怪奇現象に間違われますし、住人が神経質になりすぎると家の気が澱んで、逆によくないものを引き寄せてしまうかもしれません」
「では、どうすれば……」
「木崎さんの気持ちが落ち着くのでしたら、厄除けの祈祷をさせていただきます」
「そうですか。先生がそうおっしゃるなら……、お願いします」
ようやくキリンの意見に耳を傾けてくれた家の主人は、改めて頭を下げて言った。
それから、キリンは和室に戻ると、木崎と向き合って厄避けの印を結び呪文を唱えた。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ……オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ……」
木崎は緊張した面持ちで固く目を閉じて聞き入っていたが、祈祷が終わるといくらか安心したようだった。
何度も礼を言われて見送られながら、キリンと影郎はその家を後にした。
「術師も苦労するな」
外に出るなり、影郎がうんざりした声音で言った。
悪霊などどこにもいないのに、わざわざ厄避けの祈祷を行ったことを言っているのだろう。
「目には見えないだけに、デリケートな問題だからな。実際にはよくないものが憑いてるのに気のせいと片付ける人もいれば、なにもなくても気にする人もいる。呪文ひとつで安心できるなら、それに越したことはないだろう?」
「最近は脆弱な人間が多すぎる」
「君と比べないでくれ。現代人だっていろいろと大変なんだ」
命懸けで戦っていた数百年前の人生について、影郎には記憶がないはずなのだが、肌で感じるものがあるのだろうか。あるいは、ただ彼の性格が言わせるのかもしれないが。
木崎の家に来たのは午後二時頃だったが、冬の落日は早く、外に出たときには既にあたりは暗くなっていた。
木崎の家は他の家から少し離れていて、前方には広い公園がある。
外灯はまばらで、暗い冬空を背景に、常緑樹の林が黒々と浮かび上がっていた。昼間は静かでいいが、夜はあまりひとりで歩きたくない場所だ。
木崎の家の門扉の横には車が三台は入りそうなガレージがあるが、今は何故か一台も駐まっていない。木崎に許可をもらい、影郎のバイクはそこに停めてあった。
ふたりは門を出てそちらへ向かったが、道には他に人の気配はない。
雪は降っていないが、吐く息は白く、体の芯が冷えそうな夜気にキリンは身震いした。
そのとき——、ひゅんと空気が唸るような音がした。
影郎が咄嗟に反応し、キリンを庇うように右腕を伸ばす。
すると、二の腕のあたりになにかが突き刺さった。矢のようである。
「矢!? 一体どこから……っ」
「静かに……、隠れていろ」
狼狽えるキリンを自分の背後に隠して、影郎が素早く刀を構えながら暗がりを凝視する。
誰が、どこから矢を放ったのか。ただの悪戯にしてはタチが悪すぎる。
キリンには誰かに恨まれる覚えはないが、鬼道院絡みでなにかの事件に巻き込まれつつあるような予感がした。二ヶ月前、獅貴によって拉致されたときの光景が頭をよぎり、それが一番納得のいく推理だと思える。
「大丈夫か?」
「問題ない」
キリンの問いに対して影郎は短く答える。
理由のわからない突然の襲撃には動揺したが、影郎がいることにキリンはどこか安心していた。主従の契約を交わした今、影郎はキリンの霊力を十分に得て、その力を発揮するのになんの問題もないはずだった。彼にとっては、矢傷すらなんのダメージにもならないのだから。
ところが、その影郎の体が、キリンの前でいきなりがくりと傾いだ。
倒れることなくその場に踏みとどまったが、彼の様子がいつもと違うことにキリンはすぐに気づいた。
「影郎、どうした!」
「わからぬ……」
その声が明らかに苦しそうだった。
術師の霊力を糧として動く不死人は、エネルギーが不足すると行動不能に陥る。しかし、キリンが彼に与える霊力は十分に足りているはずだ。
(もしかして、さっきの矢がなにか影響している……?)
通りを挟んだ向かいの公園の茂みに目を凝らすが、影郎と違い夜目が利くわけではないキリンには、たとえ人影があっても判別できない。
逆にこちらは外灯や門灯の明かりで、向こうからはどこにいるのか丸見えだろう。
命を狙われているのか、それとも別の目的で攻撃されているのか。いずれにしても、見えない何者かが悪意を持ってこちらを窺っている——
霊力を持たない者が怪異に怯える気持ちを、キリンはいくらか味わった気がした。
「影郎……、下がれ」
影郎の腕を引くが、彼はそれでも動こうとはしない。護衛としてキリンの盾になるつもりでいるのだろう。
大声で助けを呼べば木崎や他の誰かに聞こえるかとも考えたが、無関係の人間に怪我などさせるわけにはいかない。まずは、正宗に連絡を入れるべきだろう。
「今、正宗に連絡する」
キリンが携帯を取り出したとき、ふたたびどこからか矢が飛んできた。
それは影郎の胸に刺さり、彼の体がぐらりと揺れる。
「影郎!」
影郎の手から刀が落ちて、アスファルトの上で跳ね返る金属音が夜の闇に響いた。
キリンは咄嗟に影郎の体を受け止めたが、その重さに耐えきれずに自分も沈み込んだ。
「影郎、しっかりしろ!」
影郎は目を閉じたままぴくりとも動かない。こんなことは初めてだった。
キリンは他になす術なく、影郎の大きな体を両腕で庇うように膝の上に抱え、姿の見えない射手を警戒しながら急いで携帯のボタンを押した。
正宗に繋がるまでの呼び出し音が異様に長く感じ、どんどん焦りがつのっていく。
「正宗、早く出てくれ……」
『——はい……、キリン様ですか? どうされました?』
「正宗……っ、助けてくれ……」
ようやく聞こえたその声にホッとして、キリンは勢い込んで話しだす。
その直後、突然背後から布のようなもので口と鼻を塞がれた。
布からは強い薬品臭がして、後ろを振り返る余裕もなく急激に意識が遠のいていく。
『キリン様? なにがあったのですか、キリン様……っ』
正宗が呼ぶ声が遠くで聞こえる。
ぼんやりとそう思ううちに、キリンの手から携帯が落ちた。
「キリン様……、キリン様!」
キリンが意識を取り戻したのは、正宗の呼びかけによってだった。
重い瞼を開けるとひどく狼狽えた正宗の顔があり、一瞬ここがどこなのか思い出せなかった。
けれど、朦朧とした意識はすぐにはっきりとして、影郎が射かけられたときの光景が脳裏にまざまざと甦る。
「影郎は!?」
慌てて起き上がろうとするキリンの体を支えるように、正宗が背中に手を当てた。
「すぐに立ち上がらないでください。もしや頭など打ってはいらっしゃいませんか? どこか具合の悪いところは……?」
「いや……、大丈夫だ。ちょっと気分が悪いが……、薬を嗅がされたせいだと思う」
「薬!? 麻酔薬の類ですか?」
「よくわからないが、たぶん。一瞬のことで、相手の顔も見ていない」
携帯に表示された時刻を見ると、三十分くらい気絶していたようだ。
「影郎はどこに? キリン様からの電話が突然切れてすぐに駆けつけたのですが、私が到着したときには彼の姿はありませんでした。一体なにがあったのですか?」
状況が呑み込めない正宗の声にも、動揺の色が表れていた。
「依頼主の家を出たところで急襲されたんだ。影郎が弓矢のようなもので射られて……、おそらく、僕が気を失っている間に拉致されたと思う」
「拉致、ですか? あの影郎を? 彼にとっては矢傷など、なんの問題もないでしょう」
たとえキリンの証言でも、正宗は俄には信じられないらしい。
けれどそれも当然だ。キリンさえ、未だに信じられないのだから。
「僕も最初はそう思っていた。だが、一本目の矢を腕に受けてすぐに影郎の動きがおかしくなって、二本目が胸に刺さった後には意識がなかったと思う」
「影郎が意識を失った……?」
正宗はそれ以上の言葉が出てこないようだった。不死人の強靱さは彼もよく知っている。
影郎は謎の射手によって連れ去られたと考えるのが妥当だが、毒も薬も効かない不死人の動きをどうやって封じたのかは、キリンにも見当がつかない。だが、あの矢に原因があるのは間違いないだろう。
それよりも謎なのは、何故キリンではなく護衛の影郎を攫ったのかということだ。
当初、キリンは自分が狙われているのだとばかり思っていた。
「キリン様はこちらの家で除霊をされたはずでは?」
正宗が木崎の家を見上げたので、キリンも背後を振り返った。
木崎の家を出たときには確かに木崎が家にいたし、家には明かりが灯っていた。
現在、家の窓はすべて真っ暗で、人がいる気配がない。
「先程、木崎家のインターホンを鳴らしてみましたが応答はありませんでした。お留守なのでしょうか」
「そんなはずは……」
木崎は外出したのかもしれないが、自宅ガレージの前で倒れているキリンには気づかなかったのだろうか。
(なにか変だ……)
よくよく考えると、今回の依頼は最初から不自然だった。
木崎に会ったときに覚えた違和感や、実家に帰ったという妻の存在——怪奇現象を恐れていたのなら、普通は一緒に除霊を受けるのではないか。
そしてなにより、なにも憑いてはいなかった壺——
依頼を受ける段階で、鬼道院のほうでも依頼人の住所氏名といった最低限の身元については確認するはずだが、キリンにはどうしても木崎という男が怪しく感じてしまう。
しかし、家を出てすぐに襲われたのだから、矢を射たのは木崎ではないだろう。
では、何者が影郎を攻撃したのか——
頭の中にいくつもの疑問が渦巻いたが、確かなことはまだなにひとつない。
薬の余韻もあるのか、わずかに頭痛のする頭を押さえて俯いたキリンは、コンクリートの上に剥き出しの紅蓮が放置されていることに気づいた。
戦闘中は血のように紅い光を放つ刀身が、今もなにかを訴えるかのように輝いている。
その近くには、鞘も、カモフラージュのための竹刀袋も落ちていた。
影郎を連れ去った犯人は、刀には関心がなかったのだろうか。
「あれは影朗の……」
「はい。鞘に収めようとしたのですが、刀の柄に電流が走ったように弾かれまして……、手をこまねいておりました」
正宗が申し訳なさそうに告白し、紅蓮の柄に軽く手をかけた。大量の静電気が発生したようにバチバチと音がして、「ご覧のとおりです」とその手を引っ込める。
それは、まるで自分の意にそわない者に触られるのを刀が拒否しているように感じられた。
「キリン様、危険ですので、これは後で鬼道院の者に回収させます」
ゆっかりと立ちあがり、紅蓮に手を伸ばしたキリンを正宗がとめる。しかし、キリンはゆるく首を振る。
「たぶん大丈夫だ。僕は以前にも触ったことがある」
今度も拒絶されないという保証はなかったが、影郎の刀は自分が持って帰りたかった。
紅蓮の柄にそっと触れると、それはキリンを拒むことなく受け入れた。
黒い鞘も拾い上げ、紅く輝く刀身をゆっくりとそこに収める。
「この刀は持ち主を選ぶと聞いたことがあります。やはり、妖刀と呼ばれるだけのことはある」
「千年も生きた刀だからな」
影郎を襲った何者かが紅蓮を置いていったのは、触れることができなかったせいなのかもしれない。紅蓮は自分の意志でここに残ったのだ。
「紅蓮、おまえの主は必ず連れ戻すからな」
胸に抱いてそう誓うと、キリンの思いに応えるように紅蓮がかすかに震えた気がした。
(本文より抜粋)